欧米では、無防備であることが公共のマナー
欧米では、マスクは、もっぱら医療従事者の院内感染の防止や、ある種の労務者の有害な粉塵を吸引する危険の回避に供される業務上のアイテムである。新型コロナ感染拡大の緊急事態の例外的な期間をのぞいて、一般人がマスクをつけて外出する光景はまれだ。そもそも、欧米人にとって、マスクはできることなら避けたいきゅうくつでうっとうしい装着物であると同時に、公共空間においては〝顔を裸出しておくこと〟こそがマナーである。
一方日本は、「慎ましさ」こそが正義で、公共性「もどき」しかない
他方、日本では、このような、いっせいに顔を裸出したうえでお互いの無防備さの確認によって暴力を抑止するような公共性という発想はとられない。日本では、顔のもつ薄氷のごときもろさ、傷つきやすさは、露呈されることを回避し、むしろ真綿に包まれる。眼の前の世界に対して一枚ベールを隔て、そのこちらがわに退去して身の安全を図る、といってもいいかもしれない。それが日本人にとっての「包ましさ」=「慎ましさ」であり、自らの情報量の提示をあえて最小限に留めておくがゆえの「奥ゆかしさ」(=〝奥〟が〝ゆかしい〟、つまり〝ベールのあちらがわに仄見えるあなたのことをもっと知りたい〟)なのである。そのベールをつきやぶってみずからを裸出することは、「〝出〟過ぎたマネ」であり、「〝出〟しゃばり」であり、「さし〝出〟がましい」と非難される。
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